乳酸菌

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今八郎はもう一度会場を見渡した。会場の一隅に二つ三つのグループを作っている若い男女会員達は、互いに顔見合わせてクックッと忍び笑いをして居ります。それを興深く眺めている吉井明子夫人は、十年ばかり前養子を迎えて暫しばらく吉井合資会社の経営を委ねて居りましたが、その配偶が五六年前亡くなって、再び会社の社長の椅子いすを襲い、若くて美しくて、その上明敏貞淑な女社長として令名を天下に馳はせているのでした。
「誰だれ彼かれと申すより、最初に新進作家の小栗緑太郎おぐりりょくたろうさんにお願いいたし度いと存じます、お話が済んだら、小栗さんから次の話し手を御指名下さるように願います」
 今八郎はそう言って自分の席に復しました。代って壇に立った小栗緑太郎は、まだ三十二三の青年で、近頃新鮮な作物を矢継早やつぎばやに発表して、世の中から注目されて居りますが、見たところまことに地味な男で、薄汚れた背広も、フケ沢山たくさんの長い毛も、何となく真珠色の光の漲るこの席上には不似合な風体ふうていですが、顔形かおかたちはさすがに聡明らしく、話の調子もテンポの遅い、極めて感銘の深いものでした。